大正デモクラシーの旗手、吉野作造ゆかりの品の展示。遠足や社会科見学、講演会会場、展示館貸出も受付。-吉野作造記念館 宮城県大崎市古川

吉野作造記念館ホーム > 吉野作造周辺の人々 > 第6回 斎藤秀三郎

シリーズ「吉野作造の周辺の人々」
 

第6回 短気な英語学者

斎藤秀三郎(さいとうひでさぶろう)1866-1929
吉野作造周辺の人々 第6回 斎藤秀三郎 短気な英語学者 「吉野作造が最初に英語を習ったのは小学校2年生、1885年の春(明治18年)のことでした。
当時の古川小学校長東一らが主催した簡易英語講習会で、前田町烏堂(熊野神社)付近の日本キリスト教会派の古川教会集会所で行われたようです。集会所が吉野家所有の貸し長屋であったことも、大人ばかりの参加者に交じって小学生の吉野が参加した理由かもしれません。
講師は斎藤秀三郎、仙台出身で、のちに「斎藤英和辞典」と呼ばれ、全国で親しまれた英和辞典の傑作を世に出した英語学者でした。斎藤は豪傑肌の人物で、工部大学(のち東大工学部)を中退、仙台に英語の私塾を開いたものの、弟子の訳をすぐさま「ばか!何だその訳は」と怒鳴りつける短気さで生徒を減らしていったそうです。
古川へは人力車で通い、生徒数70名近くを得て大喜びしたといいます。熱心にキリスト教も伝道したといいますから、吉野が出会ったキリスト教はこのときが最初だったかもしれません。
吉野はこのとき初めて「スペルリング・ブック」という英語の本を手にして入門しましたが、「短気な先生の態度のおそろしさにたった1日でやめた」と回想しています。
 
シリーズ吉野作造周辺の人々
第1回 守屋和郎 第2回 岩住良治
日本大使として、アフガニスタンへ。 小牛田町北浦出身の農学者。
第3回 土井晩翠 第4回 青木存義
デモクラシー(民本主義)賛歌を吉野に どんぐりころころの作詞者
第5回 吉野信次 第6回 斎藤秀三郎
優等生の兄を持ったガキ大将 短気な英語学者
第7回 大槻菊男 第8回 澁谷栄太郎
社会運動に参加した外科医 荒谷生まれの洋画家
第9回 瀬戸潔 第10回 山口仁道
社会運動に参加した外科医 考古学に情熱を傾けたおしょうさん
第11回 佐藤利助 第12回 佐藤記一郎
アメリカに渡った呉服商 東京で交流した同郷人
 
■吉野作造記念館サイトマップ
吉野作造記念館トップページ
当館について
当館の施設情報
ご利用案内
展示室や講座室など
吉野作造記念館 の施設のご案内
公共機関・バス・JR・高速道路の詳細な
当館への交通アクセス

研修室・講座室
当館の一般貸出施設について

インターネット特典!
吉野作造記念館入館割引券のご案内
社会科見学のご相談や疑問質問はこちら
当館へのお問い合わせ
当館ホームページの
プライバシーポリシーに対する考え方
刊行物資料
吉野作造記念館所蔵資料
「読売・吉野作造賞」について
吉野作造や当館に関する情報満載!
吉野作造記念館だより
宮城県・大崎地区のお役立ち情報
お役立ち情報リンクのページ
吉野作造について
大正デモクラシーの旗手・民主主義の父
吉野作造について
吉野作造の交友関係がよく分かる
吉野作造周辺の人々
吉野が広めた大正デモクラシーとは?
吉野作造こぼれ話
  日本民主主義の父・吉野作造
  吉野は古川野球の先駆者だった!?
  おしゃれだった!?作さん
  金銭感覚はなかった?吉野博士
  泣いた子供をあやすのが得意だった吉野
  吉野は大の甘党!?
  だれとでも仲良くなれた吉野!?
  吉野家は人でいっぱい!
  古川小学校の親友たち
  デートは歌舞伎座で?
   └補足:演劇画報「先づ観劇料を」
  気の弱さは天下一品!?
  少年たちよ、有名になれ
吉野作造の思い出を語る一品が勢ぞろい
吉野作造記念館の一品
イベント開催情報
講演会・セミナー・その他イベントの
吉野作造記念館主宰開催情報ページ
  過去の吉野作造記念館主催事業活動
子供向けコンテンツ「はかせのたまご」
当館への春休み・夏休み・秋休み・冬休みの遠足や社会科見学、観光ツアーの電話でのご相談はこちら 0229-23-7100
遠足・観光・見学などお電話でのお問い合わせ
  当館への春休み・夏休み・秋休み・冬休みの遠足や社会科見学、観光ツアーのFAXでのご相談はこちら 0229-23-4979
遠足・観光・見学などFAXでのお問い合わせ