大正デモクラシーの旗手、吉野作造ゆかりの品の展示。遠足や社会科見学、講演会会場、展示館貸出も受付。-吉野作造記念館 宮城県大崎市古川

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大正デモクラシーの旗手民主主義の父吉野作造の、吉野作造記念館が発行している「吉野作造記念館だより」のべっくナンバーをご紹介します。
 

― もう一度『熱き想い』を ―
「吉野作造記念館十周年」を迎えて
館長 田中昌亮

吉野作造記念館だより 第10号 もくじ

1.吉野作造記念碑建設事業

2.兄おとうとを観て
3.吉野家より寄贈史料
4.2003みやぎふるさとCM大賞
5.新年度事業のお知らせ
 

6.新発見資料紹介T宮城伊兵衛の佐々木平太郎宛書簡

.新発見資料紹介U
8.<<演劇鑑賞感想文>>
9.こんなことやっています

1.吉野作造記念碑建設事業

 現在記念館前に建つ吉野作造の記念碑を市民会館敷地に建設をしたのは、一九六六(昭和四十一)年十一月であった。吉野先生を記念する会の当時の事業は次のようなものであった。一部を記してみる。
昭和三十二年十一月 古川高等学校文化祭に吉野博士について研究発表及び資料の展示会を開催。
昭和三十四年十二月 吉野先生・生誕八十年記念講演会を開催。
「吉野作造とその時代」 明大教授 田中惣五郎 氏
「クリスチャン 吉野作造」福大教授 池田哲郎 氏
昭和三十八年三月 文化講演会を開催。
「若き吉野作造とその時代」仙台第一高教諭 金沢規雄 氏
昭和三十八年十一月 吉野博士著作の展示会を市図書館に於て開催。小史の発行。
昭和三十九年二月 NHKテレビ放送「曉鐘」資料提供。
昭和三十九年七月 記念事業として吉野博士記念碑建設及び記念室設立を決定。
昭和四十年十一月 吉野博士記念碑建設計画の確立。
昭和四十一年三月 市内高校(5校)一般より論文募集。
 これらの事業は殆ど会費と市民の方々の寄付金で賄ってきたのである。今年は記念館十周年である。入館者は開館の頃をピークに年々減少が続いた。何故だろうか。「NPO法人古川学人」が古川市より委託を受けてから満二年。漸く下り坂に歯止めをかけることができた。知恵をしぼり、開館前・開館年に戻り、吉野先生に対する「熱き想い」をもう一度とりもどしたい。
 今年は日露戦争百年である。翌一九〇五年のポーツマス条約の調印をめぐって国民の暴動がおこった。特に日比谷焼打ち事件は大騒動になり、警察署・政府系国民新聞社などが焼き打ちにあった。警察だけでおさえることができず、軍が出動し戒厳令がしかれた。皮肉にもこの暴動がきっかけになって、いわゆる「大正デモクラシー」の時代の到来となった。
 「憲法」・「自衛権」・「愛国心」・「二大政党論」など、吉野の論文は、まことに今日的であり、学ぶことが多い。「吉野を皆さんと一緒に学ぶ」という視点で私達は、記念館を運営していきたいと思う。今年こそ皆さんのご要望をよく受け止め、多くの方々のご来館をいただけるよう努力したいと思う。もう一度「熱き想い」を。

鏡花水月:1966年(昭和41)11月7日、吉野先生の記念碑除幕式のとき記念品として配った書である。
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2,兄おとうとを観て

 昨年四月四日、記念館に突然名誉館長井上ひさし氏が見えました。吉野先生をテーマにした劇をつくるための取材でした。同時刻、館に居合わせたこともあって、数時間ご一緒することになりました。劇作の基本資料というのか、この劇に関する年表を拝見しましたが。その緻密克明な計画にただ驚くばかりでした。五月十七日、東京紀井国屋ホールでその劇「兄おとうと」を観ることができました。
 吉野先生兄弟は、わが古川出身という親しさはあっても。兄は学者で思想家。弟は官僚で政治家。「国家とは」「憲法とは」を問い続けた人たちだけに、どんな劇になっているのか。心おだやかではありませんでした。  しかし、「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことをおもしろく」いつもの井上流に、楽しくしっかり考えさせる見事な評伝劇に深い感銘を受けました。
 ことし、二月四日の新聞で第十一回読売演劇対象の発表がありました。大賞、最優秀演出家賞に、「兄おとうと」の演出をした鵜山仁氏、スタッフ優秀賞に劇中のピアノ演奏をした朴勝哲氏がそれぞれ入賞されました。 嬉しいことです。古川講演が待たれます。(伊勢 行雄)

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3.吉野家より寄贈史料
二〇〇三年十二月十六日、吉野作造ご長男故俊造氏宅より、吉野作造関係史料三十六点が記念館に寄贈されました。その後、さらに額装された書、書籍など六〇点が寄贈され、合計九十六点にのぼる吉野関係史料が四月までに寄贈されました。
 これらの史料は、吉野作造没後に女婿赤松克麿が研究室から持ち出したものの一部で、妻で吉野次女の赤松明子氏没後、吉野家で大切に保管されてきました。これまで公にされることのなかった貴重な史料といえます。
 記念館では、三月二十一日よりこれらの史料を「新収蔵史料展」にて展示しています。そのなかで特に重要と考えられる史料を紹介しましょう。

吉野家より寄贈された史料
吉野作造研究第一人者の松尾尊~氏によれば、「とくに注目されるのは、一九一〇年代、辛亥革命後に中国より日本に亡命してきた革命派青年たちの色紙や手紙」です。
 色紙十一点のなかには、今回初めて交流が明らかになった張群(蒋介石ブレーンとして活躍)があります。
 また額四点のうち特に重要品とされているのは革命派巨頭黄興らの寄書です。黄興最後の書蹟の一つとして貴重なものです。一九一六年五、六月頃の作とみられます。第三革命下の反袁世凱闘争勝利を祝う意味がこめられていると、中国近現代史研究第一人者の狭間直樹氏より指摘されています。黄興はこの後十月に上海で亡くなりました。
 また、吉野にあてた書簡類は二十四点、そのなかで最も古いのは明治三十八年六月四日付の菅原省三より吉野作造あてのハガキです。管原省三は吉野と同い年の一八七八年生まれで東京出身。旧制第二高等学校・東京帝国大学政治学科で吉野の一年先輩で、卒業後は日本銀行で一年半を過ごし、南満州鉄道樺イ査課に入社、大連・開原・長春などで活躍しました。
 ハガキは、当時吉祥寺に住んでいた吉野に来京の旨を伝える内容です。「八日?で滞在のつもり其の内御暇があったら是非共御出で下さい」とあります。管原はその後長春で事業を失敗した際、吉野のもとを訪れています(吉野日記、一九二四年十月十九日)。
 その他、天津の常磐ホテルに滞在していた吉野にあてた郷里古川の後輩千葉豊治の「祝御安着」のハガキなど、中国天津時代のハガキが四通あります。
 また、吉野は一九一〇年〜一三年に欧米留学に旅立ちます。一九一二年秋から冬にかけてはパリに滞在、この時の吉野あてハガキが三通残されています。
 吉野の大親友で憲法学者・佐々木惣一からのハガキ二通と、画家・小林万吾からの一通です。小林万吾からのハガキには、「当日諸兄は午後六時頃より貴兄は四時頃よりお出かけ下され・・」とあります。このハガキは一九一二年十二月二十八日付でパリにいた吉野の下宿にあてて送られています。三日後の大晦日に日本人留学生六名が小林宅に集い、ウナギを食べることになっており、吉野はその手伝いに呼ばれたのです。吉野日記にも、「主人公の依頼により少々早くより手伝に行きし也 六時客揃いて舌鼓を打って食べ十一時頃まで話して帰る」とあります(吉野日記一九一二年十二月三十一日)。
 帰国後の書簡では、吉野のライバル・上杉慎吉からの書簡が注目されます。本文は事務的な内容のものですが、追伸に、「御著書拝受、毎度有難く存じ奉り候。御説服し難きもの多きは如何に堪えず。貴兄の賢明にしてかかる方向の考を抱かるるは誠に当代の一恨事に存じ候(句読点―田沢)」とあります。著書とは、吉野の帰国後論文を集めた『現代の政治』で、そのなかには民衆運動を肯定し、普通選挙を唱えた論文が掲載されていました。天皇絶対主義を唱え、国家主義の立場を取っていた上杉にとって、吉野の議論は正反対の方向を向くものでした。日常生活では親交のあった上杉と吉野の思想的対立の片鱗をうかがわせる書簡です。
 当館では、これらの史料を「新収蔵史料展」として四月十八日まで研修室で展示しています。(文責 田沢晴子)
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4,2003みやぎふるさとCM大賞
昨年12月にKHB東日本放送主催の「2003みやぎふるさとCM大賞」の発表審査会が行われました。これは、一昨年から開催しているもので、吉野作造作造記念館としては初めてのCM作成でした。脚本・撮影のスタッフから出演者まで、地元の方々の協力で素晴らしい作品になりました。そのCMを紹介致します。

- 作成後の感想 -

 吉野作造記念館でCM制作に携わることとなり、まず、愛すべき郷土である古川と吉野作造記念館を知ってもらう必要があると感じました。
 作成には地元の方々に協力していただき、古川らしい手作りのCMが出来たのではないかと思います。悪天候の中、撮影したものもあり、大変思い出深いものになりました。数々の名所である古川の風土を知ってもらうきっかけになったのではないでしょうか。また、このCMを記念館にてご覧頂けます。是非、足を運んでみて下さい。

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5.新年度事業のお知らせ
 吉野作造記念館では沢山の方々に利用してもらえるよう新年度の事業を企画しております。吉野先生をより多くの方々に知ってもらう為に「吉野作造記念館のロゴ・マーク」を募集する予定です。また、5月には子供向けのイベントを考えており、年齢層に関係なく、誰でも参加できる様な事業作りをしていきたいと考えております。
 記念館では地域の方々に有意義に利用・活用して頂くために貸室の利用ができます。貸室には講座室・研修室があり、講演や講座などに利用できる会場になっております。是非、利用してみて下さい。また、利用の際は当館までお問い合わせ下さい。記念館として、地域に定着したイベントや全国に発進する事業、研究、情報提供サービス等を考えている予定です。是非、記念館に足を運んで見て下さい
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6.新発見資料紹介T 宮城伊兵衛の佐々木平太郎宛書簡
  館  長 田 中 昌 亮

宮城伊兵衛は田尻町出身。古川市十日町の吉野作造生家の三軒南で印章・活版印刷・図書出版業を営んでいた。橋本印房・橋本長太郎と安達印房・安達正造は宮城の弟子であった。明治三十九年七月四日の「古川新報臨時増刊米商協話会報」発行人・宮城に次のような広告が出ている。

昭文舎書房(宮城伊兵衛代表)より吉野作造の処女出版である「試験成功法」・瀋陽学士(吉野のペンネーム)が出版されたのはそのニヶ月後の一九〇六(明治三九)年九月二十一日であった。昭文舎(一九〇七年昭文堂と改称)には、木下尚江、吉野臥域(角田市出身)の著作など多数の出版がある。
 最後の出版と思われる「頼山陽」坂本箕山著は佐々木平太郎により古川町図書館に寄贈され、図書館よりの御礼状には昭和四年七月二日と書いてある。宮城は吉野の弟、五郎の結婚式に吉野の代理として大阪まで出向くほど吉野家とは深い関係にあった。また、この他にも吉野日記の随所に見られる。
 一九二八(昭和三)年、赤松克麿が衆議院選挙に立候補したときには、宮城は又色々と応援している。
この宮城伊兵衛から佐々木平太郎宛書簡は数十通ある。

拝啓
 久しく疎情に打過ぎ申し候処、愈々御多祥に入らせられ賀し奉り候。
迂生相変わらず碌々として唯頑健にのみ罷り在り候。
突然誠に恐れ入り候へ共、縄箸他に厳秘を以て左記の事を御示教下され度願い上げ候。

親父様に御内途御取り計り下され候はば大?公平な
御見地を伺ふを得べく愚考仕り候。
或る時期まで御他言なくして御願い仕り候、甚だ勝手がましくお手数の所、誠に恐れ入り候へ共、要領一報成し下され度願い上げ候。

御願まで 恐惶敬具十一月二十四日 宮城伊兵衛 佐々木平太郎様 伺い度き事項

 古川町中里(通称荒川)緒絶川端の吉野作造氏老母が現に住居り候地所(倉染屋の東南)  建物は御覧の如く問題にもなるまじ右当今の売買直段は大凡何程の價値之有り候哉、御親父様に謀られ御判別候はいかなる程度にて坪何程位との御内報下され度く願い上げ候

以上

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7.新発見資料紹介U

●衆議院議員選挙有権者名簿   古川市(四十ニ頁)

●昭和十四年九月 
 貴族院多額納税者 議員選人芳名簿(十三頁)
    仙台市錦町、佐々木静方
    佐々木新助選挙事務所
    電話 一三九八番
●貴族院多額納税者議員
 選挙の心得 内務省(三十五頁)
●古川町鹿島自警團規約(十六頁)
●大正六年六月現行
 北部遞信局 宮城縣下特設電話番號簿(七十四頁)

●大正六年拾月
 東京株式取引取引所仲買入
 電信略語 ち齋藤吉助商店
  東京市日本橋區兜町四番地
   電話 浪花{長一四三番 三五六三番

  電信畧語(サ)又ハ(サイ)佐々木平之丞 殿

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8.<<演劇鑑賞感想文>>
「宮城フロンティア・セミナー21」が一昨年、吉野作造記念館を会場に開催されました。それが縁で井上ひさし「兄おとうと」の演劇鑑賞会を開催致しました。その感想文の一つを「仙台育英会会報」6号より掲載致しました。

「大正デモクラシーをリズムに乗せて」
 宇都宮大 2年 佐藤いず美

 私は今回、初めて生で演劇を観させていただきました。井上ひさしさんにとっては、今回の演劇の主役である吉野作造は高校の大先輩であり井上さん自身、去年私たちが見学した「吉野作造記念館」の名誉館長なのだそうです。その井上さんが作り上げたこの作品は、演劇を見た私たち宮城出身の学生に、なにか懐かしさ(まだ宮城を離れて数年ですが・・・)や、十分な満足感、そしてなによりも吉野兄弟とそのまわりの人々の人間としての暖かさのようなものを感じさせてくれました。
 会場が暗転して演劇が始まってから最後まで、テンポよくストーリーが進み、あっという間に幕が下りていました。吉野兄弟は年齢が離れているせいか、大人になるまで同じ部屋で枕を並べて寝たことがなく、2人が生涯を通じて一緒の部屋で寝たのはたったの5回。二人とも頭がよく、当時の民衆が憧れる立場に双方がついていました。しかし、それは兄弟にとっては相反する立場であり、兄の作造は、弟の信次の官僚的で現状肯定的な姿勢に窮屈さを感じ、弟の信次は、兄の作造の理想家肌にやきもきしている、という2人の関係が、重々しく表現されることなく、リズミカルで時にはコミカルに表現され、また2人の心の奥にある互いを思いやる気持ちが劇のところどころにちりばめられていて、見ているものの心をとらえて放しません。
 そして、吉野兄弟を取り囲む、二人の妻やお手伝いさんなどの人々がいつも二人を支えつつも、時には主導権を握ってしまい、それがまた、効果的に二人の関係を修復するものだから、私としては、こちらの人々のほうが吉野作造の民本主義や、吉野信次の役人としての功績よりも魅力的に見えたほどでした。
 初めて鑑賞した演劇がこの「兄おとうと」で本当に良かったと思っています。このような機会を与えていただき、ありがとうございました。
 最後に、この演劇の中の劇中歌で一番印象に残った歌がありました。このフレーズが一番大切なことなのでしょう。「三度のごはん、きちんと食べて、みんな仲良くね♪」

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9.こんなことやっています 吉野作造記念館イベントダイジェスト
 昨年に引き続き今年も、当館田中館長による吉野作造講座が6回にわたり開かれました。没後70年を迎える今回のテーマは「色々な視点から吉野作造を学ぶ」。吉野の日記や小説など豊富な資料を通じて、今までとは違った新しい吉野作造像に迫りました。特に「吉野作造と音楽」としてラジカセを使い実際に吉野が歌った歌を紹介したり、古川出身の南画家、安部止水の作品を資料として展示したり、さまざまな角度から吉野作造を紹介しました。古川市内外を問わず多くの方々のご参加があり、みなさんそれぞれ熱心に聴講されていました。
企画展 憧れのヨーロッパ 吉野と近代西欧社会 10月11〜12月13日
吉野作造がヨーロッパ留学した3年間の足跡を「吉野作造が歩いたヨーロッパ」「留学先で交流した人々」「キリスト教社会事業・民主政治論への道程」という3つの項目から紹介しました。吉野が実際に足を運び強い印象を抱いた名所、美術などの写真パネルも展示し吉野が歩いたヨーロッパを追想できたのではないでしょうか。
吉野の森  10月18日(土)
気持ち良い秋晴れの下、小学生の親子を対象に身近な自然を楽しんでもらうイベントを開催しました。古川育ちのプラントアーティスト矢野TEA氏に教えていただきながら、身の回りにある自然の素材を集め作品作りに取り組みました。
 スコップを手に荒雄公園を散策し、それぞれ好きな植物を採取しました。それらの素材を使って苔玉や万華鏡を作成したり、石に目や耳を付けて動物などを作る石ころアートに挑戦しました。参加者は出来上がった作品に大変満足している様子でした。館内では矢野氏の作品を古川在住の写真家落合英俊氏が撮影した写真展「東風」も開催しました
受賞者講演会 中西ェ氏講演会 11月18日(土) 竹森俊平氏講演会12月20日(土)
 2003年度読売・吉野作造賞受賞者講演会を開催しました。今年度は京都大学大学院教授の中西ェ氏と慶応義塾大学教授の竹森俊平氏の2名が受賞されました。中西氏には「日本外交と世界政治」、竹森氏には「日本経済の諸問題」というテーマで講話していただきました。講演会は日にちを分けて2回開催しましたが、両日共にたくさんの方々に足を運んでいただきました。会場を訪れた人たちは時折うなずき、感心しながら講話に聞き入っていました。また、講演会当日には受賞者の方々それぞれの受賞作にサインをしていただき、受付にて販売しました。書店では手に入らないとあって大変好評でした。
近代化遺産ツアー2003 11月1日
 今も残る貴重な近代建造物を巡る近代化遺産ツアーが行われました。素晴らしい秋晴れとなったこの日、参加したタイムトラベラーは33名。今回は「建物の保存再生」をテーマに古川市教育委員会の大谷基さんを案内人に迎え、古川市内から加美町方面へ足を運びました。コースは東北有数のモダン校舎である古川第一小学校や、酒造店としては古川で最も古い歴史をもつ橋平酒造店、また重要文化財建造物として指定を受けている松本家住宅や旧鳴瀬小学校を移築し宿泊施設として開放されている加美町交流センターなどを巡りました。身近にある建造物の価値や、またそれら保存再生していくことの大切さを感じていただけたのではないでしょうか。
学校及び団体への対応
日にち
団体名
解説担当者
解説内容
9/4 古高四期生燦々会 館長(田中)
常設案内
10/8 古川商工会議所 館長(田中) 常設案内
10/12 北三番町教会のつどい 館長(田中) 常設案内
10/16 亘理町退職互助会 館長(田中) 常設案内
10/31 迫町老人クラブ 中鉢 常設案内
11/16 塩竃市退公連 中鉢 常設案内
11/22 岩手県東山町公民館 中鉢 常設案内
11/27

宮城県高等学校
社会科教育研究会

館長(田中)
我妻
講演 当館館長
   田中昌亮
「吉野作造と東北アジア」
12/5 古川第五小学校4年生 中鉢 写真パネル使用
常設案内
12/6 仙台市白百合女子大学
人間学部国際教養学科
館長(田中)
中鉢
常設案内
1/24 松島婦人会 中鉢 常設案内
1/27 山形県寒河江市からの来館者 中鉢 常設案内
2/ 7 仙台市からの来館者 佐々木 常設案内
2/11 名取市からの来館者 中鉢 常設案内
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新発見資料紹介・お知らせ・受贈資料・事業カレンダーは省きました。
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大正デモクラシーの旗手民主主義の父吉野作造の、吉野作造記念館が発行している「吉野作造記念館だより」のべっくナンバーをご紹介します。
吉野作造記念館だより第13号
第13号
吉野作造記念館だより第12号
第12号
吉野作造記念館だより第11号
第11号
吉野作造記念館だより第10号
第10号
第9号 第8号
第7号 第6号 第5号 第4号 第3号 第2号
第1号          

*第1号は吉野作造記念館ニュースとして発刊。
 
遠足に観光ツアー、春休み・夏休み・秋休み・冬休みの社会科見学に最適!大正の歴史を語りつぐ喜雄蝶名展示品をご紹介 吉野作造記念館について
吉野作造ゆかりの品や巨大スクリーンで振り返る大正史
民本主義の実現のために奔走した作造の生涯 吉野作造について
大正デモクラシーの旗手として走り続けた吉野作造の足跡
民衆のための政治を求める運動の広まりと時代のうねり デモクラシーって?
民本主義を広めようとした作造が懸命に生きた大正の時代
遠足に観光ツアー、春休み・夏休み・秋休み・冬休みの社会科見学に最適!当館の施設のご紹介ページへ 大正デモクラシーの旗手民主主義の父吉野作造の人物像の紹介ページへ 大正デモクラシーの旗手民主主義の父吉野作造が生きた大正の時代と大正デモクラシーについて
 
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